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金沢城石垣

加賀百万石に栄えた金沢において、その象徴である金沢城は県内でも大変有名な観光スポットだ。
しかし!
実は金沢城がその類稀な石垣の多様性から「石垣の博物館」と呼ばれていることはご存じだろうか!?
今回は自称石垣ソムリエのこの私が、金沢城の魅力溢れる石垣たちを紹介する!

そもそも石垣に種類なんてあるの?

石垣自体の歴史は古く、日本では古墳の建築にも用いられている。
戦国時代に入り、多くの城郭が建設される中で石垣の技術も発達した。
まずは金沢城で見られる代表的な積み方の例を、加工状態と積み方の分類から見ていこう。

加工状態による分類

・自然石積み

シゼンイシ・ヅミ

自然のままの石や、簡単に割っただけの石を用いて積み上げる技法。野面積みともいう。 勾配が必要で、高く積むのは難しい。適当に積み上げる形なので、表面の凸凹は激しく、敵も登りやすい。 しかし、排水に優れ、構造的にも安定した積み方。地形の歪みも多少は平気。

・割石積み

ワリイシ・ヅミ

自然石を矢(楔)で割って積み上げる技法。 積みやすいように周りを加工するので、 自然石積みより直角に積みやすく、高さもだせる。 表面の凹凸は残した野性味のある積み方。

・粗加工石積み

アラカコウイシ・ヅミ

割石の表面をさらにノミで加工し、ある程度形を整えた石で積み上げる技法。打ち込みハギともいう。 割石積みも打ち込みハギだがそちらは初期の技術。 金沢城では城の外周に多く用いられており、力強さを演出する。

・切石積み

キリイシ・ヅミ

方形に整形した石で積み上げる技法。石と石の隙間はなく密着している。切り込みハギともいう。 正方形・長方形・多角形・鍵型などがある。デザイン性を重視しているので、攻撃や地形の歪みで崩れやすい。防御力は捨てた。 人目につく場所に多く、アピール目的の石垣である。

積み方による分類

・布積み

ヌノ・ヅミ

目地(石の継ぎ目)が横に一直線になっている積み方。 整層積みともいう。 石の高さは大体同じで、整然と並んだ姿は美しいが、その分横にずれる可能性もあり強度は低い。

・乱積み

ラン・ヅミ

目地がバラバラな積み方。別名乱層積み。 石の形や大きさは揃っていないことが多い。 複雑に噛み合い成形されるので、布積みより崩れにくい。ただ積むには相当な技術が必要。

・算木積み

サンキ・ヅミ

石垣の角(隅石)に用いられる積み方。長方形に整形した石の、短辺と長辺を交互に重ねる。 要するにジェンガと同じ積み方である。強度は高い。

・谷積み

タニ・ヅミ

下の石が作る谷に上の石を落とし込む積み方。 落積みともいう。 長方形の割石で作ることもあるが、自然石の場合もある。交互に向きが変わるイメージ。

石垣造りのプロ「穴太衆」

金沢城には紹介した以外にもいくつか種類があるが、一般的にこれ程石垣が見られる城跡は珍しい。
このような多様性の発展の背後には、石垣専門の職人による尽力があった。
彼らは「穴太衆(※)」と呼ばれ、現在の滋賀県、比叡山の麓にある里で石工を担っていた。
その技術力の高さから安土城の石垣建築を任され、その後全国の城郭の石垣造りに携わることになる。

※あのう・穴生とも書く。金沢城では「穴生」と表記しているが、世間では「穴太」が主流。

画像引用:Wikipedia Commons

そこに一早く目を付けたのが加賀藩前田家の祖、前田利家である。
利家は全国の諸大名で初めて穴太を藩に迎え、加賀藩お抱えの石垣職人とした。
以後様々な藩が穴太を抱えていくが、加賀藩の穴太の数は最も多く、日本を代表する石垣職人の数を誇った。
前田家は石垣造りにとても関心があったことが伺える。
しかし、始めは藩主自ら指示を出していた石垣造りだが、時代と共に藩主の関心が内装へと移り、石垣造りは穴太へと任されるようになった。
その結果、才能ある穴太が個性を伸ばし意匠性に富んだ石垣を生んだのだ。

中でも後期の穴太である後藤彦三郎という人物は、金沢城の石垣の特徴を「石垣和歌」として残したりもしている。石垣を愛してやまないその姿勢、私も見習わなければ。

勿論、石垣造りに携わったのは穴太衆だけではない。
彼らの指示で働く石工職人も存在しており、それぞれに印が割り振られていた。
職人たちは自らの印を石に刻むことで、作業分担を示していたと考えられる。
その刻印は〇や□,△を始め、直線・曲線・文字、卍や鳥居の記号、扇や魚など 様々なものを組み合わせて図案化している。
金沢城では200種類以上が確認されており、至る所で刻印が見られるのも魅力の一つ。
果たして皆さんは何種類見つけることができるだろうか?

↑刻印の一例。中央の刻印は鳥の足跡のようにも見える。

石垣のための石!?石川県産「戸室石」

様々な石垣を造るその石は、ほぼ全てが金沢市で採石されている。
場所は金沢城から東へ約8㎞の地点にある「戸室山」。
そこで産出される「戸室石」は、今から約40万年前に火山の噴出によりできた安山岩で、加工が容易なため石垣だけでなく、兼六園の石橋などにも使われている。

加工前
加工後

赤みを帯びたものを「赤戸室石」 、青みを帯びたものを「青戸室石」と呼び分けるが、
成分的にはほとんど違いはない(青の方が少しだけ緻密で堅い)。マグマが冷え固まる時間の差異である。

加工の容易さと特有の色味は、金沢城の石垣をデザイン性豊かにした一因だろう。
まさに石垣のための石と言えるのだ!
(しかも、戸室山で採石が始まったのは金沢城で石垣を建築するためというのだから、あながち間違いでもない)
ちなみに戸室石を引いて運んだ道は、現在の地名「金沢市石引」の由来となっている。

また、実はこの戸室石、何と石焼き芋用の石としても適しているとか。
そう言えば加賀野菜の五郎島金時は、焼き芋にして食べると美味しいはず・・・。
ということは、戸室石で五郎島金時を焼いた味は、恐らく天地を揺るがすに違いない・・・!

石焼き芋ならぬ『石垣芋』の誕生だ!!

開催!第1回 金沢城石垣総選挙 ~ベスト15~

それでは皆さんお待ちかね!
金沢城の素晴らしい石垣たちを、場所や完成した年代と共にご紹介しよう!
ただし全てを紹介するにはスペースが足りないので、筆者の脳内で人気投票を行った。
その結果最も支持を集めた上位15基がこちら!!

第15位 橋爪門 58票

2015年(平成27年)復元 金沢城三御門
・切石による布積みながら、複雑な鍵型を用いた積み方が美しい(20代男性)
・斜め45度に並べた正方形の敷石に、足元まで気を抜かない前田家の美への気概を窺い知れる(60代男性)

第14位 蓮池堀(百間堀) 67票

1615~1644年(元和~寛永)頃創建 一部改修 金沢城公園外周
・印がたくさんあって見つけるのが楽しい(10代未満男性)
・数メートル間隔で異なる刻印が見られ、刻印を通じて歴史を感じられる(30代女性)

第13位 石川門 92票

1765年(明和2年)改修 金沢城御三門・重要文化財
・左側の「粗加工石積み」と右側の「切石積み」が同時に見られるので一度で二度美味しい感じ(20代男性)
・火事で被害を受けた右側は新しく、残った左側はそのまま残した理由が財政難だったというエピソードに親しみを感じる(40代女性)  ※諸説あり

第12位 三の丸 東面 95票

1807年(文化4年)改修 金沢城公園外周・石川門外面
・見慣れた場所だが、下から見上げるとまた違った逞しさを感じる(50代男性)
・本来なら勾配に合わせ滑らかな表面になる所を、あえて石をずらし荒々しく造り上げた穴生のこだわりに、同じ技術者として感動した(50代男性)

第11位 数寄屋敷 109票

右側:1631年(寛永8年)創建 左側:1808年(文化5年)改修 側室住居跡
・同じ切石の布積みでありながら、右側は刻印や表面の丸みが認められ、左側は奇麗に整っている所に歴史と趣を感じる(40代男性)
・城内で最も整った長方形切石の布積み(30代男性)
・私の家の横にもこんな石垣がほしい(40代女性)

第10位 菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓 234票

1998~2000年(平成10~12年)部分的に解体・積み直し 金沢城公園の象徴
・緩やかな曲線を描く算木積みが美しい(30代男性)
・約5000個の石で出来た100mを超える石垣を、一旦バラバラにしてもう一度パズルのように積み上げた現在の職人さんたちも凄いと思った(20代女性)
・上の櫓などに目が行きがちだが、石垣自体もモザイクアートのような色遣いで見ごたえがある(20代男性)

第9位 申酉櫓下 268票

右側:1598~1615年(慶長)頃創建 左側:1624~1644年(寛永)頃改修 金沢城外周
・元々あった石垣に、継ぎ足す形で出来ているのが珍しい(20代男性)
・右側の石垣は表面が荒く隙間も多いのに対し、左側は全体的に綺麗に揃っており、技術の進歩を直接比べられる場所(40代男性)
・地割れのように中心に境目があり、よく見ると算木積みの跡もあって面白い(10代女性)

第8位 極楽橋下 315票

??年創建 三十間長屋へと続くルートを外れた小路
・道が1mもない幅の両脇にそびえる石垣は迫力があり、石垣に包まれている気分が味わえる(20代男性)
・他にあまり人がいなく、独占できる。通り抜ける風も気持ちいい(20代女性)
・所々にある白い斑点が、火災の際に溶けた鉛瓦の跡と知って驚いた(20代男性)

第7位 三十間長屋 468票

1751~1763年(宝暦)改修 元倉庫・多門櫓・重要文化財
・表面の縁取りのみを削り揃え、内側は粗いままにした「金場取り残し積み」がこんなに美しく仕上がっているところは他にない(30代男性)
・他の切石積みとは違って独特な勢いがある(20代女性)
・階段の横までしっかり作りこんでて凄い!(10代男性)

第6位 東の丸 東面 523票

1592年(文禄元年)創建 金沢城公園外周
・金沢城で本格的に石垣造りが始まった初期の物でありながら、これまで崩れずに残っている。天晴(60代男性)
・技術がまだ進歩していない時代なのに高さが21mもあるなんて凄い(10代男性)
・利家の命令を受けて造った息子の利長が、頑張ったけど2回も崩れて、利家の重臣が最上段に6mの小段を作って完成させてくれたけど、「それでは苦労した意味がない」と拗ねた利長のエピソードが好き(20代女性)

第5位 戌亥櫓 847票

北面:1631年(寛永8年)創建 西面:1661~1672年(寛文)頃改修 本丸外周の櫓跡
・粗加工石積みでありながら、隙間に丸石を詰めるのではなく加工した平石をはめることで、切石積みのように見せる技法に舌を巻いた(30代男性)
・所々抜け落ちてしまっているが、その分かつての金沢城に想いを馳せることができる(50代男性)
・元々あった門が撤去され道が拡幅された際に、石垣も一部取り除かれたため、江戸時代に実際に作られた石垣の内部構造が見られる珍しいスポット!(20代男性)

第4位 土橋門 916票

第3位 尾坂門 1,024票東側:1801~1803年(享和)改修 西側:1655年(寛文5年)改修 北の丸と三の丸を結ぶ橋
・四~六角形を複雑に積み上げた切石積みが大変美しい(50代女性)
・防火を願い水に親しむ亀をイメージした、見事な正六角形の亀甲石が見られるのは城内ココだけ!(20代男性)
・算木積みの一番上がズレてたり、鍵型の切石があるのに噛み合ってなくて、間違えちゃったのかな?という所があったり、綺麗だけど完璧じゃないところがかわいい!(20代女性)
・土が流れてしまったことで、石垣の裏側を見ることができる。戌亥櫓とはまた違った石垣の内面を見られる貴重な場所(60代男性)

第3位 尾坂門 1,024票

1661~1673年(寛文)改修 江戸時代の金沢城正門
・城内最大の2mを超える巨石が大迫力!!(20代男性)
・他の石垣にはない大きめな石(鏡石)を用いた鏡積みが、かつての正門たる堂々とした佇まい(50代男性)
・強そう(10代女性)
・今はない門の跡が両サイドの石垣にちゃんと残っているので、集中すると門が見える気がする(20代男性)
・縦向きの巨石が陽,横向きが陰を司る陰陽石として藩主の威厳を表したり、鏡石には神様が宿っているという話に気持ちが昂るッ…!(10代男性)

第2位 玉泉院丸庭園に面した石垣群 3,088票

1661~1673年(寛文)頃改修 玉泉院こと永姫の屋敷庭園から見られる石垣郡
・世にも珍しい「色紙短冊積み」が大変趣深く感じます(60代女性)
・正方形を色紙、縦長方形を短冊と表現して名前を付けた加賀藩穴太のセンスに嫉妬(20代男性)
・かつては最上部のV字の黒石(坪野石)から水が流れる石垣滝だったそうだが、今は見られなくて少し残念。いつか再建されることに期待(30代男性)
・当時切石の縦置きは禁忌だったのに、流れ落ちる水を表現するデザインのためだけにその鉄則を破って見せた職人の男気に嫉妬(20代男性)
・私の家の庭にもこんな石垣がほしい(40代女性)
・きれい(10代女性)

第1位 二の丸 北面 5,495票

1668年(寛文8年)改修 菱櫓横・二の丸表能舞台跡地
・全ての石が大きさも形も統一されてて、粗加工なのに完成しすぎ。嫉妬(20代男性)
・穏やかなお堀と降り注ぐ木漏れ日、石の隙間から覗く草花・・・全てが石垣の美しさを際立たせてます!(30代女性)
・天才穴太の後藤彦三郎が「城内でも指折りの石垣」と絶賛したのも納得の素晴らしさ(50代男性)
・春はここが一面の桜並木でとても綺麗なんですよ(60代女性)
・これ本当に石垣?もはや芸術でしょ(10代男性)
・あまりの美しさに、初めて見たときは言葉を失いました(30代男性)
・最高(10代女性)

筆者の脳内に住む石垣愛好家たちの心を掴み、圧倒的票差で1位を獲得したのはやはり「二の丸北面」。
「最も完成された粗加工石積み」の肩書は伊達ではなかった。
しかし、他の石垣たちも見逃せない独自の魅力を持っているのが金沢城の凄いところ。
是非皆さんも金沢城に訪れてお気に入りの石垣スポットや刻印を見つけてほしい。
一目で石垣の種類や特徴が見抜ければ、あなたも立派な石垣ソムリエだ!

編集後記

前回の記事より1年振りの更新となりました。
金沢ライフマップファンの皆様、大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。
石川に訪れる方にとっての観光の手引きに、石川に住む方にとっては新たな発見となる記事にすべく、日夜格闘しておりました次第です。

ということで今回の金沢ライフマップはお馴染みの金沢城、その石垣の秘密に迫りました。
諸事情でご紹介できなかった石垣が、実はまだ半数近く残っているほど金沢城は石垣の種類が豊富です。
溢れる魅力をお伝えするために、私の脳内に10,000を超える住人が誕生してしまいました。
石に掘られた刻印をほとんど見つけられなかったことが悔しく、
いつか「金沢城石垣刻印図鑑」を作ってみせる・・・と小さな野望を抱いているのは秘密です。

<企画・制作・文責>いさや
<撮影>いさや
<統括>九条一馬
<サイトデザイン>med、チカ介、とーふ
<監修>アーリー、たい焼き、よしぞう、まゆみん
<参考文献> 石垣構築技術と造営体制に関する論文抜刷集 木越隆三
よみがえる金沢城1,2 石川県金沢城調査研究所

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